« 成績? | Main | 塾長がつくった小若江学習教室オリジナルデスクカウンター »

February 26, 2009

幸せにする技術

愛だとか幸せだとかそんな言葉にすると どうもなんだかきれいすぎて違うなぁと
感じるのが関西人
曖昧な言葉の表現が少ない外国の人たちや、関東の人たちにとっては
身近な言葉なんでしょうか?

でもそんな歯の浮くような言葉を使わないと表現できないこともあるようですね

前回のコラムにも書きましたが、成績や学習能力だけが人の善し悪しを
決定づけるものでもありません。
子供たちには自分にあった仕事 自分に合ったフィールドで生活ができるように
なって欲しいものです。

ただし やりがいのある仕事 生きがいを求めてなどといいますが
「生まれて、育ち 成熟し 老いる そして旅立つ」その流れの意味や理由を語る人は多いですが
その真偽を確かめる術もありませんし証明できた人もいません。
せめて自分の何がしかの能力や行動で誰かに
「幸せ感」を提供できること それが自分にとっても自分の存在する 存在した
意味になるのではないでしょうか?

政治や大きなプロジェクトだけとは限りません、おいしいおにぎりとお味噌汁で
身近な人々に「幸せ感」を良性ウイルスのように撒き散らすことができる人がいます。
仕事や学問だけとは限らず何気ないおしゃべりや雰囲気という形の無いもののケースもあります 
そう幸せ感に貴賤などないのです。
幸せ感を撒き散らす才能は 誰もがいくつかもっているものだと思います
ただ それを撒き散らす場所と出会えなかったり、撒き散らす相手と遭遇しなかったりして
自分の才能や能力が埋もれたままになる、気づかないままになる・・・。
そして自分をダメなやつとか こんなもんさとか否定したりするようになったりするんですね

そんな閉塞感が心の病を生んだりするからほんとに困りもんです。

中島みゆきさんの歌詞の一節 「会うべき人に出会える事を 人は幸せと呼びます」
深いなあといつもかみしめますが、人だけでなく場所と置き換えることもできますよね
自分が「居るべき場所に居れること」も幸せだと。

家族や同僚、友達、恋人いろんな関係の名の下、この場所に縛り付けてしまいがちです。 
子供たちには会うべき人会うべき場所に出会えるよう あきらめず動いて動いて
自分の才能を掘り出して欲しいもの。実は子供だけではありませんね
私たちおとなもまだまだ 幸せにする才能 幸せ感を撒き散らすウイルスの素を
隠し持っていないか 埋もれさせていないか自問自答しながらの毎日です。

皆さんは「幸せ感ウイルス」 撒き散らせていますか?

子WAKA絵プレス 0903号

|

« 成績? | Main | 塾長がつくった小若江学習教室オリジナルデスクカウンター »

Comments

Post a comment



(Not displayed with comment.)




« 成績? | Main | 塾長がつくった小若江学習教室オリジナルデスクカウンター »